Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
目が覚めると、見慣れない天井があった。白い、殺風景な天井だ。「ここは…？」僕は呟いた。最後に覚えているのは、激しい炎と、体の焼けるような痛みだけだった。
気がつくと、目の前に天使と名乗る女性が立っていた。「あなたはEPR97809、ショウさんですね？ようこそ、魂の療養所へ」
魂の療養所…？ 聞いたこともない。転生じゃないのか？ 「僕は…死んだんですか？」
「それは、ここでは詮索しません。あなたはここで、心の傷を癒し、次の段階へ進むための準備をするのです」
そう言われたものの、僕は腑に落ちなかった。まるで、どこかのホテルのようなその場所は、死後の世界とはかけ離れているように感じられた。
案内されたのは、質素な個室。窓の外には、ぼんやりとした光が差し込んでいる。生きている時と変わらない、孤独な空間だった。
僕はそのまま、部屋に引きこもった。死んだら楽になると思っていたのに、現実は違った。ここにも、生きている時と同じように、いや、それ以上の苦しみがある。
時間が経つにつれ、僕は絶望していった。死にたくても死ねないという、残酷な事実。それこそが、死後の世界の苦しみだった。
あれから、8年が経った。毎日毎日、同じことの繰り返し。食事の時間も、睡眠の時間も、僕は誰とも話さなかった。
ある日、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。無視しようと思ったが、あまりにもしつこいので、仕方なくドアを開けた。
そこに立っていたのは、見知らぬ女性だった。「こんにちは、ショウさん。私、成香（なるか）って言います」
「少し、お話しませんか？ ずっと一人でいるのは、辛いでしょう？」
「そう言わずに。私、あなたのこと、前から気になっていたんです」
成香はそう言うと、無理やり部屋に入ってきた。そして、ベッドの端に腰を下ろした。
「いいえ。あなたを、この部屋から連れ出すまで、私は諦めませんよ」
成香は毎日、僕の部屋にやってきた。最初は無視していた僕も、次第に彼女の言葉に耳を傾けるようになった。
彼女は自分の過去を語り、死後の世界の不思議を話し、僕の心の奥底にある感情を優しく掘り起こそうとした。
ある日、僕はついに、自分の過去を語り始めた。幼い頃から両親に愛されなかったこと、社会になじめなかったこと、そして、死を選んだ理由。
「僕は… 死んだことを受け入れられないんだ。だって…」
僕は涙ながらに、自分の罪を告白した。一人息子の存在を。
「息子を… 残したまま、僕は死んでしまったんだ…」
成香は黙って、僕の話を聞いていた。そして、僕の肩にそっと手を置いた。「あなたは…苦しかったんですね」
その日を境に、僕は少しずつ変わっていった。成香に連れられ、療養所の庭を散歩したり、他の魂と話をしたりするようになった。
ある日、成香は僕に尋ねた。「ショウさん、自分の死因、知りたいですか？」
僕は躊躇した。知りたくないような、知りたいような…。複雑な感情が渦巻いていた。
「もし、知りたくないなら、無理にとは言いません。でも、死因を知ることで、あなたはもっと自由になれるかもしれない」
成香は静かに言った。「あなたは…焼身自殺をしました。理由は…息子さんに、これ以上苦労をかけたくなかったから」
僕は愕然とした。そうだ… そうだった。あの時の記憶が、鮮明に蘇ってくる。
苦しくて、悲しくて、辛くて… でも、息子だけは幸せになってほしかった。だから、僕は…
涙が止まらなかった。自分が犯した罪の重さに、改めて気づかされた。
成香は僕を優しく抱きしめた。「もう大丈夫。あなたはもう、一人じゃない」
それからというもの、僕は療養所で、自分の罪を償うために、様々な活動に参加した。他の魂の相談に乗ったり、庭の手入れをしたり…。
時折、現実世界のことが気になった。息子は今、どうしているだろうか？ ちゃんとご飯を食べているだろうか？ 寂しい思いをしていないだろうか？
ある日、成香は僕に言った。「ショウさん、少しだけ、現実世界を見てみませんか？」
成香は僕を、療養所の屋上に連れて行った。そこから見えるのは、ぼんやりとした光景だった。だが、目を凝らして見ると、確かに現実世界の様子が見えた。
僕は息子の姿を探した。そして… 見つけた。彼は、大きくなっていた。もう、子供じゃない。立派な青年に成長していた。
僕は必死に叫んだ。「死ぬな！ 死ぬな！ やめろ！ 〇〇（息子の名前）！」
しかし、僕の声は、彼には届かない。彼は、そのまま身を乗り出した。
その時、奇跡が起きた。彼の体が、空中で止まったのだ。
そして… 聞こえたのだ。彼の耳に、確かに僕の声が届いたのだ。
彼はハッとした表情で、あたりを見回した。そして、涙を流しながら、その場に座り込んだ。
成香は僕の肩を叩いた。「ショウさん、あなたは息子さんを救いましたね」
僕は死後の世界で、受容すること、赦すこと、そして、愛することを学んだ。 死は終わりじゃない。それは、新たな始まりなのだと。
そして、僕は次の段階へ進むための準備を始めた。今度は、必ず、幸せになるために。